EPISODE 9 「スティーブ」


スティーブはベトナム帰り。
いまだに上下迷彩服を着ている。
でかくて、眼が座ってて、手からビールが離れない。


家にはお父さんとお母さんがいるが、
暗い部屋でテレビのプロレスに見入ったまま話さない。


バズと僕はスティーブを誘って砂漠の野外パーティーに出かける。
スティーブの心配は砂漠の中でアルコールが切れること。
しかもおまけに主催者が未成年の少年達であること。
(アメリカは未成年の飲酒に厳しい、酒類を購入するためには身分証明書が必要。またインディアンのアル中問題は深刻で、トラディショナルなインディアンはアルコールをとらない。)
バズになだめられて一緒に車に乗る。


バズの愛車ホンダシビックで次から次、知り合いの家を誘って廻った。
他の家の前で車を止め、スティーブは助手席で、
僕は後ろの席でまたひとり誘いにいったバズを待った。
沈黙のあと突然スティーブは振り返ると座った眼で僕を見据えて話しはじめた。


『おれたちは病んでいる。おれも蝕まれている、
この手はこいつ(ビール)をもってないと震える。
おれたちは大なり小なりみんな問題をかかえてる。
おれはベトナムに行った。
好きで行ったんじゃない。することがなかった。
そしたら災難でさ、迷ったんだ、ジャングルではぐれて。
運がわるいよ、(敵に)囲まれちゃってさ。
5人くらいまでは覚えてるんだが、沢山いてよ。
でもやつらおれを殺さなかった。死ぬと思ったんだろうが。
(両手首の傷を見せて)手首を切られて河に捨てられた。
どうしたか覚えてないけど、おれは川岸に辿り着いてて、
運良く味方に発見されて帰還した。
あれからあの襲われる瞬間を毎日見てるんだ。
逃げられない。いろいろ試したけど、逃げられない。
おれも、おれたちもみんな何か問題がある。
だから、自分達らしくなりたいと、トラディショナルを取り戻そうとしてるんだ。
コミュニケーション、コミュニケーションが大事だ。
若いやつらはナヴァホ語を知らない。年寄りは英語を嫌う、話せない人も多い。
おれたちはおれたちの中に溝がある。
知ってるだろ? おれたち、人数(ナヴァホ人口)はおおい。
勢力がある。そのかわり、おれたちは血を薄めてきた。
なんでも採り入れて柔軟に変化することができたからだ。
多くを失った。
日本人と似てるだろ?
おまえにはよくわかるだろう。
言葉、言葉、話す、話しかける、なんとかしてコミュニケーションを取り戻すことが大事なんだ。
それで、少しはおれたち、トラディショナルを保てる。
おれもわかってるんだ、このままこれを(ビール)掴んでちゃ解決できないのは。
おまえはおれたちが必要だといった。
(つながることを)思い出してきたよ。』


アル中のスティーブは解っていた。
「他人のリスク」までしょっているようだ。
実際ベトナムにいってるからまさにそのものだ。
彼はまだまだ頼もしい戦士になれる。
スティーブと時間を共に過ごしたのはこの日、20時間ほどだけだ。
でもお互い忘れられずに会うことが出来るチャンスを待っている。
数年後、僕がラコタの儀式を受けるため、
パインリッジ(サウスダコタ)の家族のもとへに行くことを知っていたバズが
スティーブからの伝言をつたえてくれた。
『スティーブも○日~○日までローズバッド(サウスダコタ)にいるからダイを探すって言ってた。
「ローズバッドあたりで会おう」ってさ』
ローズバッドと言っても広いし、居る時間も場所もお互い知っちゃいない。
会えるかも知れないし会えないかも知れない、インディアンの約束。
これが気持ちいい。
僕はもちろんローズバッドに行き、スティーブを探してみた。
会えなかった。
だからお互い、また今度会うチャンスが来るまで一生懸命生きのびるんだ。
会うべきときに僕らは会うことが出来る。



EPISODE 10「セールストーク」