CULTURE 7 「インディアンと英語」


インディアンは侵略を受けた民族だ。
侵略したのは御存じ現在のアメリカ合衆国。
アメリカ合衆国として独立する前から、
スペイン、イギリス、フランスをはじめとする西欧諸国の植民地として侵略は始まる。
およそ500年前から始まり、100年前まで争いは続いた。
日本の戦国時代のように国家平定のため
それら各国は戦争し、独立戦争、南北戦争を経てアメリカは合衆国として建国された。


それまで平和に暮らしていたインディアンには
部族ごとに多くの種類の言葉があった。
やがて植民が流れ込み土地を奪われるかたちとなった先住民、
インディアンは、インディアンとしての生き方を否定される。
部族の言葉を禁止され、キリスト教文化から邪教として改宗を強要され、
各部族語の禁止と英語教育を徹底された。

白人文化に劣る武力で必死で抵抗したあと、大量虐殺で黙らされ、
後には文化の侵略が始まる。悲痛なものがあったに違いない。
子供が言うことを聞かないと、
『悪い子は鬼がきてさらわれる』
日本ではこんなふう(ちょっと古い世代か)に言われると思うが、
インディアンの場合、
『白人が来て連れてかれちゃうよ』といえば言うことを聞いたとか、本当のはなし。
何しろ鬼はいないかも知れないが白人はいたんだから冗談ではすまない。
キリスト教系の寄宿学校がつくられ、
インディアンの子供はアメリカのスタンダードを仕込まれるために、
半ば強制的に親から連れ去られた。



church
church in indian country © naoko ogura - tokahe naji win




こうしてインディアンは英語を覚え
部族の言語を忘れかけていた。


言葉を失うのは民族のアイデンティティを失うに等しい。
日本国もアイヌ族に対して同じことをした。そしてし続けている。
さらに朝鮮、中国他アジア各地を植民地化し日本語教育を強いた。
大平洋戦争に負けなければアメリカのように自国(植民地)のなかで侵略を続けたに違いない。


言葉を失なうのはどういうことか。
たとえば英語で話す時
「英語で聞いて日本語に訳し、日本語で考えて英語に訳す」これでは会話はできない。
英語で話す時は
「英語で聞いて英語で考える」。
思考のプロセスも変わってくる。
これができるようになるとそれまでつまらないと思っていたアメリカンジョークが
笑えるようになってきて、こちらもひとこと多くなる。
もし日本国も侵略されて言葉を失ったら
生活文化も大きく変わるだろう。


ある時代のインディアン(アイヌのひとも)
先住民であることを隠さないと生きられない時代があった。
それまでに多くの部族とその文化は失われた。
今ようやく、最近になってインディアンの若者には自らの民族文化に
誇りを持って取り戻そうとするうごきがあり、
部族の言葉をも取り戻しつつある。


僕がインディアンと話す時は英語を使っている。
儀式は部族の言葉で行われるが英訳してもらえる。
でも本当に理解するには彼等の言語を理解することが必要だ。
ラコタ語は聞き取りやすく時々理解できるし、少し覚えた。
でもナヴァホ語はいまだに聞き取れず、発音できずのままだ。


このインディアンと英語はいろいろなことに絡んでいる。
たとえば日本で翻訳されたインディアンの本。
もともとは「部族の言語による口頭伝承文化」
それを「訳者(著者)の意志」を含んで「英語化(訳)」
そして「文章化」
さらに「訳者の意志」を含んで「日本語訳」
少なくともこれだけで4つのフィルターを通している。
どれだけ原形を保っているかはそれぞれに違う。


インディアン事情に詳しい人の訳と
そうでない人の訳はぜんぜん違うもののように読み取れる。
気に留めておくといいと思う。



CULTURE 8「本の知識」